あれから阿部さんがどんなにひどく中傷されているのかと、いくつかググってみたけど、それほど酷いものは見つけられなかったよ。
あの程度のことは有名人では別に珍しくないし、華麗にスルーすればいずれ下火になるのになぁ。(単に脅迫レベルの書き込みを僕が見つけられなかっただけかもね)
まあ、阿部さんにレスしている人たちのコメント読んでて思ったのは、スピに集まっている人たちってスピにのめり込んだ動機がまるっきり違うのに、同じスピでくくられてごちゃ混ぜになっているんだなってこと。
スピの9割以上の人が今の苦しい状況を解決したいという動機から入っているように見える。その根っこにはルサンチマンがあるように思うんだ。
いわゆる悟りや真理を目指す道というのは、そういう人達の助けにはならないと僕は思う。
だって悟りへの道には自我の問題を解決する術なんてなにもないんだから。
中には縁が生まれて、改めて悟りへの道を進む人もいるだろうけどそれはごく少数だ。
マハラジだったかパパジだったか忘れたけれど、彼らのもとにわざわざやって来る人たちでも、ほんとうの意味で悟りを目指しているのはわずかしか居ないと嘆いていた。
阿部さんところは悟りの道を説いているけれど、間口が広すぎて、ただ今の状況を改善したい、あるいは悟りを開いた特別な自分という勲章で自我に箔をつけたい人が多いんだろう。
その温度差が今回のような問題を起こすんだろうね。
そもそも、みなさん悟ったらいつもハッピーな”幸福”が得られると思っているみたいだけど、確かアジャシャンティが言っていた。”悟る”と世間ではハッピーになると考えられているが、ただ平穏に、静かになるだけだ、と。
僕みたいな道半ばの人間でもその感覚はわかります。みなさん悟りに夢持ちすぎ。
じゃあ、悟りの道を進む人の動機は何なのか?わかりますか?
動機はないんですよ。あえて言えば、ただ知りたい。
それが本来の自然な道だから、特別こうなりたいとか、こうありたいなんてものはない。
自然にそれをもとめているんです。
僕らは、人間という道具、デバイス、おもちゃ。これを使ってこの世を体験しているんだけど、ほとんどが使い方を間違っている。
人生を楽器に例えたら
たとえば楽器という概念のない人にギターを与えたら、正しく使えるとは限らない。
音がなることには気づいても、ただの物を置く台にしちゃうかもしれないし、小物入れにしちゃうかもしれない。それでもそのうちはたと気づいて、載せてあった物を全部どかして、ポロンポロンと弾くことに目覚めるだろう。だってそれが正しい使い方だから。
そしてやりだしたら止まらない、美しいメロディを奏でるまで、いや奏でても止めずにずっと続けていくだろう。
人生を自転車に例えたら
乗り物というものを知らない人に自転車を与えたらどうだろう。
ペダルをぐるぐる回して、ただその様子が面白くてひたすら回し続けるかもしれない。
あるいは、洗濯物を干したり、かばんを引っ掛けたりするかもしれない。
そのうち誰かがフレームを磨きだして、その綺麗さを自慢するようになるだろう。
そしたら今度は車体にゴテゴテといろいろな装飾品をつけていき、その豪華さを競うようになるだろう。
終いにはもっといろいろ付けるため、車体を地面に固定してしまう人も出てくるかもしれない。
うまく手入れのできない人は、フレームが錆びてしまい、綺麗に仕上げた人のを見て羨ましく思うかもしれない。
でも誰かがペダルと車輪の関係に気づいて、その仕組を理解しだすかもしれない。
ある人はサドルの形が、跨がればお尻にピッタリなことに気づくだろう。
そうこうしているうちに誰かがサドルに跨ったまま、足で地面を蹴って走ってみる。
自転車に乗ったことのない人は、何メートルも行かないうちに倒れてしまうだろう。
一瞬、風になったようで気持ちよかったけど、倒れた時に痛い思いをしてもう乗るのを諦めてしまうかもしれない。そして、また装飾することに夢中になるだろう。
中には気持ちよさが忘れられなくて、再び挑戦する人もいる。
それでも自転車にすぐに乗れるようにはなかなかならない。
大半はやっぱり途中で諦めて、装飾する仲間のところへ戻るだろう。
でも一部の人は諦めずにやり続ける。そこには動機はない。
それが正しい自転車の使い方だと知っているから。
動機があるとしたらただ風になりたいだけだ。
そのうちペダルを使い出し、バランスの取り方を身につけて、颯爽と走り出せるようになる。
止まってただ自転車を装飾することに夢中になっている人を横目に、風と一体となって走り続けるだろう。
そして、いつの間にか自転車は消えて、その人は風そのものになる。
今の僕の理解で表現できることはそんなところです。
だから、阿部さんを非難している人、ただ苦しさから逃げたいためにスピに来た人に言いたい。
節子、使い方違う! 跨がるんや! ペダル漕ぐんや!
こんな偉そうなことを書いてるお前はどうなんだと言われそうですね。
僕は錆びついたフレームのこけすぎてボロボロになった自転車で、少しずつ距離を伸ばしています。
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